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地元のお葬式 [厚田民生活 二巡目]

ご近所の訃報を聞く。
お会いしたことは無いが、お隣のおばあちゃんだそうだ。
聞けば、回覧版のやりとりで顔を合わせた時はすでに危なかったらしい。
ここのお宅は4年連続喪中とのこと。毎年大変だったろうな・・・。

地域の会館でのお葬式とのことで、
会館の掃除やらお手伝いやらはいいのかしら、とドキドキしていたが、
普通に葬儀屋さんが一切を行う、単に場所が地域の会館というだけの普通のお葬式だった。
一瞬、地域の人が執り仕切る昭和なお葬式を想像してしまったけど、
そうだよね、昔のような自宅で行うお葬式のような訳がないよなぁ、と
自分の「古い田舎のイメージ」に凝り固まったアタマに驚いてしまった。
それぞれのお宅が大家族で、代々自宅でお葬式、なぁんて時代じゃなくなったもんね。
今はどこのお宅も少人数で、高齢者の多い土地柄なんだよなぁ。

とても穏やかな笑顔の、優しい遺影。
湿っぽさも うら寂しさも感じない、なんというか、キレイな空間だった。
しかも、ご家族にご挨拶をしている最中に
「旦那さん、カメムシつけて来てるよ」「あ、ワンピースのお尻にも」と指摘され、
しめやかさブチ壊しの、ちょっとした笑いすら起こる、明るい雰囲気だった。


先々月、地元のお祭りの案内チラシを配って地域の一番奥まで来たので、
地元の墓地にも初めて足を踏み入れてみた。
地域のはずれの小高い場所に、その小さな墓地はあって、
どの墓石にも見知った苗字が刻まれていた。
代々暮らした地域で、遺した家族を見守っているんだと実感できる墓地。
本来、こうして繋がってきたんだなぁ、と静かに感動した。
決して公園墓地のような明るい場所ではないのだが、
墓地が怖い、というイメージはなかった。
晩夏という季節柄もあってか、風にこすれる葉の音や虫の声がしているだけ。
森に抱かれて静謐で涼やかで、代々暮らしてきた先人の温かさすら感じる場所だった。
地域で生きて、没していくというのは、こういうことなのかなぁ。

先日の元家主さんの訪問(?)と思われる不思議な話といい、
怖がりな筈の私が、ちっとも怖さを感じない。
この土地の人達の人柄や、地域の繋がりに、
素直に「すごいなぁ」と思っているからだろうか。
・・・今日もこの地の空は、山は、キレイだ。


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